田中の失敗①
田中が大学に入学した頃の話です。
高校の大先輩に学習塾を営んでいる方がおりまして、入学式を迎える前に田中は塾の教壇に立っていました。
当時若気のいたりか人生の順風満帆に傲慢になっていたのか、「勉強を教えることなど簡単である」とたかをくくっていました。
そこに近所の方より家庭教師をしてくれないかと依頼がありました。
少々引きこもり気味の中3になった男子で、中1の後半頃から学習に遅れが出てきたそうです。
なんてことはないだろうと気軽に引き受けました。
そのFさんと初対面の日、田中は大失敗をしました。
普通にあいさつをし、会話を交え、高校受験に向けての学習計画を一緒に練りました。
教科書や参考書を積み上げて、「現在の実力がこれこれだから、この高校に受かるためには毎週このくらい勉強すればいいから、一緒にがんばろうね。次はいついつ来るからそれまでこの課題をしておいてね。」
と首尾良くFさんの家をあとにしました。
ところが次の日、Fさんのお母さんから緊急連絡をいただきました。
「Fが部屋の押入から出てこなくなりました。」
田中はこの事態を聞いたとき、最初は理解ができませんでした。
「何がFさんとってまずかったのだろうか。」
それからFさん家に駆けつけ、押入の戸越しの会話を始めましたが、泣きじゃくるだけのFさんからはたった一言しか引き出せませんでした。
「僕にはできる自信がないんです。」
それから当時の田中が考えられる手を尽くしましたが、二度とFさんが田中を受け入れることはありませんでした。
Fさんの気持ちを考えられなくて、ただ申しわけないことをしてしまったという後悔の念が残りました。
そこで身にしみたことは、教えることの難しさです。
教わる人がいて、教える人がいる。
お互いが生身の人間です。
教えることは単に上から下へ水を流すような情報の伝達ではない。
子どもの能力、ペース、感情を総合的に捕らえ、同じ視点からものを見なければならない。
この失敗から多くを学ばさせていただきました。
もし今の田中がFさんを教えることができるなら、きっとその時の失敗を何倍にして返せるでしょう。
しかし叶わぬ夢ですので、今お預かりしている子ども達にどうしたらその分を返せるかを模索しています。